双極性障害って名前わかりにくい。躁鬱のまんまのがわかりやすいと思う

2010年診断される。書いてることに一貫性がありません。軽躁状態と抑うつ状態では体だけでなく気持ちテンションも全く異なります。

ついてけない

いつも通りだけど、自分の感情の波に

やはりついていけなくて。

 

昨日の夜からきて、寝たらましになるかと

思って眠剤三種盛りで寝ても

やっぱり起きて、起きても気分はとてつもなく

鬱々しくてやりきれないというか

頭の中がぐちゃぐちゃになっていて

 

本当に自分の感情についていけない。

どうやってやり過ごそう

履歴書の空白

私にとって履歴書の空白は

ほとんどが躁鬱の鬱になり、人生の空白が

生まれる。

 

それが履歴書の空白になり、

面接をする上で必ずアルバイトでも聞かれる。

 

家庭の事情で辞めざるえないと伝え

クローズで働いてきたが結局1年はなんとか

円満に退職できても、最初の方や前職では

症状が悪化して会社に診断書を提出し、

休職を繰り返し、最終的に仕事が嫌いでなくても自己嫌悪に陥り退職してしまう。

 

今回も1年の空白があり、その間半年程は

仕事をしていなかった。あとは日雇い派遣

をしつつ失業手当をもらっていた。

こういう時は日雇い派遣は非常にありがたい

存在だなあと思った。

 

最近アルバイト3社目でようやく受かって

週に3〜4日、1日4〜5時間程度。

時間は朝から夕方の間。

クローズで受けたが、提出書類に健康告知書

というものがあり、病名を書くことに悩んだ。

とりあえず書いて提出したものの、何か悪いことをしたかのような妙な罪悪感があった。

 

でも本当のことだし、悪いことなんて私は1つもしていないし、と思うようにしている。

 

でもなぜ精神疾患は悪のように思うんだろう。

逆に企業からすれば、色々あるんだろうけれど、まだまだ精神疾患に対して社会は厳しい。

社会を決して責めるわけではない。

私は私なのだからと言い聞かせるしかない。

 

でも気持ちがとても楽。

今までのようにフルタイムで早番遅番で

働くようなこともなく、仕事量も減り、そのぶん給料は少なくなることは不安だけど、

こうゆう働き方でもしないと体がついてこない。

 

今思うととてつもなく心をすり減らして

仕事をしていたんだと思う。

これは健常者もそうだけれど、躁鬱にとっては

本当に命がけ。

綱渡り状態でいつ落ちるのかわからない。

朝でも夜でも常に綱の上。

 

自省はもうしない。

目の前のこと。それだけ。それだけでいい。

1日でできたこと1つなんでもいいから

思い出して自分を褒めること。

それでいい。今日も仕事に行った。

それでじゅうぶん。

じゅうぶんだから。

 

波がきた

昨日は比較的穏やかなほうで、

今日は朝から仕事に行きお昼過ぎに帰宅して

夕方頃からまた機嫌が非常に悪く

イライラし、また過去のことを思い出し自己嫌悪になりそうで、言い聞かせているところ。

 

私に自省は無意味。

その思考に陥れば陥るほど自己嫌悪のループ。

負のループ。

 

今イライラしながらどうしようもない感情に

対して自省は無意味。自省は無意味と自分に唱えてる。

 

それでもふと先のことも頭によぎり

とてつもなくもう消えたくなる。

 

過去にも未来にも現在にも私の感情の

居場所がない。

 

体だけが現在にあり、感情だけが

過去、未来、現在に飛び回って

収集がつかない。

バラバラな色んな感情が飛び散って

感情達が生きているかのようにああだ

こうだと言っている。

 

何かに感情の替えを求めてスクラッチアート

をしてみたりするけど逆効果。

イライラして集中できず感情がさらに分裂。

 

でも今日仕事の帰りに感じたことは

朝から昼までの仕事をして、こんなに

清々しい気持ちになれるのかと思った。

暑さは鬱陶しいけれど、この数年間は夜にいつも帰宅していたから。

 

体には余裕はあっても、心にも変な余裕が

でき感情分裂を起こす。

 

もう眠剤の三種盛りにするか

本当は頭痛のひどいときだけのテルネリン

打っ込むかしないと今日はだめだと思う。

 

お風呂に入ることも今日はしんどい。

 

坂口恭平さん

以前から躁鬱の方で色んな才能に

溢れている方だとネットで認識していました。

 

どうしようもない波にここ数日程のまれており

ブログにも書き込んでいたけど

もうぶつけようのない時に

いのっちの電話を知った。

 

繋がるわけないだろうし、私なんかがかけていいのかもわからなかったけれどもう心のやり場がなくて電話をかけた。

 

決して坂口さんは電話の相手を励まそうとか

そういうものでなく、ただ話しを聞いてくれて

死にたい感情はピークがあるので、そのピークにああやんな、こうやんなと、自分はこんな感じと、解決策は決してない。

ただやり場のない感情の波にのるわけでもなく、こっちの気分よりもあっちの気分のがましならそっちを試してみたら?と。

 

気がつけばピークは過ぎ、ああ、いつもの自分だこれ。って気付かされる。

それでも坂口さんとお話できたことは感謝であり、言葉で表すことが難しい感情なんやけど、いい意味で仕方ないわって思えた。

 

考え方も生き方も何事もカテゴライズせず

もういい意味でああ、こういう躁鬱の波に坂口さんは乗って生きていらっしゃるんだ。

わたしには想像できないほどの苦しさを持ってるはずだけれど、わたしはわたしで確かにつらいけれど、坂口さんに救われた。

 

1つ宿題を頂きました。

ちょっとどう始めたらいいのかわからないけれど気が向けばやってみようと思う。

 

目の前のことやろう。

 

 

とてつもなく

生きてることがつらい

空虚感が半端なく久しぶりにきた

空虚というか皆無というか言葉に現さられない。ただ心がとてつもなく痛く体が重く、力が入らない。

 

呼吸は速く目があまり開かない。

 

ようやくアルバイトだけど新しい仕事も決まって少しずつ目の前のことやろうって。

生きたくないけどつらいけど死ぬ勇気もなくてだから目の前のことだけやろうって

しているのに、とてつもなくつらい。

 

本当にどうしたらこんなに苦しくなっても

自分を落ち着かせることができるのか

いつまで経ってもわからない。

歳だけ重ねてる、ただ歳だけ重ねてる。

 

自分が憎くて仕方ない

人間と関わると

やっぱりしんどいし疲れる。

何か負のオーラがずっとで続けてるのかな。

そんな人間ばかりを寄せ付けてしまう。

 

結局自分が嫌になる。

だから人間が嫌い。自分自身にも疲れる。

 

少しずつ目の前にあることのみクリアしていこうとしてるのに邪魔が入って心がかき乱される。自分自身がしっかりしなきゃ。

心がせっかく落ち着いてきたのに、このタイミングじゃなくていいのに。

それでも目の前のことをクリアしていくしかない。

死にたくても死ねない。

生きてることにさえ苦痛を感じる。

それでも目の前にあることをクリアしていくしかない。

久しぶりに

自分の今の気持ちを書きたくなった。

 

もう仕事を辞めて半年以上が経つ。

以前のブログを見る勇気は今はない。

怖いから。

 

辞めた直後は本当に今よりは酷かったと思う。

 

今は仕事や人間のしがらみがなく、

家族のことはあるにしろストレスは確実に

少ない。

 

3月からは少しずつ派遣で働くようにしてる。

 

今なぜ書くかというと希死念慮がとてつも

なく襲ってきたから。

これにはあるピークがあることも認識してる。

 

歳を重ねる度に休む期間が長くなると

次に進む勇気がなくなるのは病気とは

関係ない。

 

また将来の不安を先に考えてしまって

立ち止まる。

 

もうほんとに消えてなくなればいいのになあ。