双極性障害って名前わかりにくい。躁鬱のまんまのがわかりやすいと思う

2010年診断される。書いてることに一貫性がありません。軽躁状態と抑うつ状態では体だけでなく気持ちテンションも全く異なります。

怒りの感情

自分では抑えられない怒りの

感情が止まらないこと。

 

愛情が憎しみに変わること。

 

今の私はそんな負の感情に

ばかり支配される。

 

でも憎しみがないと立ち上がれない

立っていられない。

憎しみは必要な感情なんだと思う。

 

あの一言がとてつもなく、心にきて

今までの私はなんだったんだろう

馬鹿馬鹿しくてあほらしくて惨め。

自分がものすごくあほらしい。

あほすぎるのはわかっていたけれど

惨め。

 

だから徹底的に攻撃することにした。

あの一言のおかげで惨めなわたしが

しっかりと自覚できた。

自分の胸の中で感じたことを文章にして

すっきりした。

それが他人から見ればしょうもないし

人間ができていない未熟な奴だとなんだと

思われようが、わたしはそれでいい。

 

何かを得るには

古い物を捨てなければならない。

たまに思い立ち、服をゴミ袋何袋にも

わたって捨てることがある。

あれってめちゃくちゃすっきりする。

 

物と同じで心もそんな風にできれば

いいのに。

捨てたらもう終わり。

また新しい物がはいってくる。

新年早々

年末から幾度となく鼻風邪を

繰り返し、いきなり左耳が聞こえにくくなり、

翌朝起きたら両耳が聞こえにくくなってた。

 

耳の痛み、頭痛、不快すぎる。

お正月に緊急で

やってる耳鼻咽喉科を教えてもらい

職場のたまたま近くだったのでラッキー。

中抜けして行かせてもらったらやっぱり

両耳中耳炎。

 

子どもの頃よくなってた記憶があるけど

大人になって初めてだわ。

片耳だけなら違和感あるけど両耳なら

痛みがなければこれくらいのがいいかも。

嫌なこと聞かなくて済む。

 

とりあえず年末年始の疲れが

体も心も溜まってる。

疲れが当分取れそうにない…

体の中から壊れてしまった

SHINeeジョンヒョンさんの遺書全文| Joongang Ilbo | 中央日報

 

鬱でここまできてしまったが

本人は本当に理解できないほど

苦しく辛く孤独だったんだと思う。

 

楽になれたのかな…

向こうの世界では安らかにいてほしい。

 

本当に悲しい。

12月18日

何もかもわかりたくないし

原因が何かとか聞かれても

知りたくもわかりたくもない。

 

このまま消えてしまいたい

 

普通の人生をいきたいと

やっぱり思ってしまう。

 

 

 

今日の様子

やっぱり些細なことでネガティブに

なって深く考えて自爆しそうになる。

やっぱり視野が狭くなるなあ…。

主治医の先生もゆうてた。

落ちると特に視野が狭くなるって。

 

私のなかで原因が唯一わかってること

を取り除かないとやっぱりだめかな。

ネガティブじゃなあときはそのことも

うまく考えられるのに落ちるとやっぱり

だめだわ。

 

でも仕方ないなあ…。

万華鏡のような人生を

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どうやってたどり着いたのかわからないけど

躁鬱についてネットでもうわかりきってる

のに調べることがある。

最近出会ったのが精神科医神田橋條治先生。

 

その中でも躁鬱についての神田橋語録が

ネットにアップされており、3ページほど

だったが読むと泣けてきた。

 

神田橋先生の名言に、

『気分屋的生き方をすると、気分は安定する』

誰でも当てはまることだとは思うけれど。

 

私は幼少期からできないくせに

なぜかこうしなければならない。

こうでないといけない。

全てを100%にしないといけない。

サボり方がわからない。

そんな思考だったのはわかっていたけれど

日本人の特有のいい意味でも悪い意味でも

閉鎖的で何事も成し遂げなければならない

生きづらさは感じていた。

けれどそうでなけばならないとも感じ

そうあるように私なりに努めてきた。

 

でもそれが逆に私の感情の波が、激しくなり

苦しくなった。

 

そうじゃなくてもいいんだって。

私は今なにをしたいの?

私は今何を感じているの?

自分自身に問いかけることがなかった。

 

法を犯さず、人に迷惑をかけない範囲で

私の気分を尊重してあげようと思えた。

 

また神田橋先生は、躁鬱病患者に対し

『生活を万華鏡のようにしてください』

とおっしゃっていました。

 

楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、

辛いこと、全てが私だけの万華鏡に。